サッカー監督-世界の名将と日本の名将

2017年9月6日

サッカー監督-世界の名将と日本の名将


選手ほど目立つわけではありませんが、サッカーでは監督も大いに注目される存在です。

日本代表フォワードである岡崎選手の所属するレスター・シティFCが、小さなクラブにも関わらず、ビッグクラブひしめくプレミアリーグで優勝を成し遂げたことが大きな話題になりました。
また、就任一年目にしてチームを優勝に導いたクラウディオ・ラニエリ監督にも賞賛と注目が集まっています。

今回は、サッカーの監督の中でも大きな結果を残し、その名を広く知られる存在「名将」について、IFFHS(国際サッカー歴史統計連盟)の情報を中心に語っていきます。
世界的な名監督だけでなく、日本における名監督も紹介していきます。ぜひチェックしてみてくださいね!

■IFFHS名将ランキング1位~5位

まずは、IFFHSが発表する「世界の名将ランキング」の1位~5位を見ていきましょう。さすがに、世界的な有名監督がズラリと並んでいます。

【1位】アレックス・ファーガソン

現在は監督業を引退していますが、1986年から27年間プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドFCの監督を務めていました。プレミアリーグ優勝13回をはじめ、国内外問わずクラブに多くのタイトルをもたらしました。
基本戦術は4‐4‐2と4‐4‐1‐1のシステムですが、4‐3‐3と4‐2‐3‐1のオプションがあります。また、エース級の選手であってもコンディション次第できっぱりとメンバーを入れ替えたことで知られています。
規律を重んじ、選手育成やチームの基礎固めに重点を置いていることも大きな特徴です。

【2位】アーセン・ベンゲル

プレミアリーグのアーセナルFCの監督を務め、2002年にフランス政府からレジオン・ド=ヌール勲章を受勲したほか、2003年にはイギリスから大英帝国勲章を受勲しました。
おなじみの名古屋グランパス監督時代の1995年シーズンにはJリーグ最優秀監督賞を受賞し、天皇杯での優勝でクラブ初のビッグタイトルを獲得しています。
1996年に名古屋グランパスを去る時には流暢な日本語で「みなさんありがとう。グランパスサポーターのことは忘れません。私はいつまでも名古屋を愛しています」とファンに挨拶したのが印象的でした。

【3位】マルチェロ・リッピ

1994年にユベントスの監督に就任し、当時期待の若手のアレッサンドロ・デル・ピエロをFWに起用し、高い位置から積極的にプレスをかける攻撃的な戦術を採用。その翌年には欧州チャンピオンズリーグを制して名将としての地位を築きました。
2006年には、イタリア代表の監督としてチームを24年ぶりのワールドカップ優勝へ導き、世界で初めてチャンピオンズリーグとワールドカップの両方で優勝を成し遂げた監督として名を馳せています。

【4位】フース・ヒディンク

1986年~1988年、PSVアイントホーフェンを率いてオランダリーグ3連覇を成し遂げ、さらには1988年にはチャンピオンズリーグ優勝に導き、名声を高めました。
1995年にオランダ代表監督になると、1998年フランスで開催されたワールドカップではチームを4位に導きました。
2001年に韓国代表監督に就任し、2002年日韓共催のワールドカップでポルトガル、イタリア、スペインなどの強豪国に勝利し、こちらも4位を達成しています。

【5位】ルイス・フェリペ・スコラーリ

一時期、ジュビロ磐田の監督を務めたことでも日本では有名なスコラーリ監督。
2001年にブラジル代表の監督に就任、2002年の日韓W杯でロナウドやリバウド、ロナウジーニョの活躍をうまくいかしてブラジルを優勝に導きました。この時に、規律を重んじて大スターのロマーリオを代表からあえて外したことは今も語り草になっています。

■IFFHS名将ランキング6位~10位

次に、「世界の名将ランキング」の6位~10位を見ていきましょう。1位~5位に挙がった名前に劣らない名監督も多いです。

【6位】オットマー・ヒッツフェルト

1991年、当時成績の低迷していたボルシア・ドルトムントを率い、ブンデスリーガ優勝に導きました。さらにはチャンピオンズリーグ優勝まで成し遂げ、名声を高めました。
その後、バイエルン・ミュンヘンの監督として数々のタイトルを獲得し、ヒッツフェルト監督の率いていた時期は「黄金時代」と言われる程です。

【7位】スヴェン・ゴラン・エリクソン

1981年、スウェーデンのIFKヨーテボリというクラブをヨーロッパリーグ優勝に導きました。
欧州主要リーグではないリーグに所属するクラブに国際タイトルをもたらした快挙で一気に名を高め、その後は主要リーグの様々なクラブや代表監督などを務めました。

【8位】ジョゼ・モウリーニョ

現役監督の中で、「世界最高の監督」とも称されるのがジョゼ・モウリーニョ監督です。
2002年にFCポルトの監督に就任すると、2003年にはポルトガルリーグ優勝に導き、さらにはヨーロッパリーグを制覇。翌年の2004年にはリーグ2連覇と、チャンピオンズリーグ優勝という快挙を成し遂げました。
その後は、数々のビッグクラブの監督として活躍。インテル・ミラノやレアル・マドリード
をチャンピオンズリーグ優勝に導きました。

【9位】マルセロ・ビエルサ

ビエルサ監督は主に代表監督で名を高めてきた監督です。
2004年にU23アルゼンチン代表を率い、アテネオリンピック優勝。2010年にはチリ代表をワールドカップ16強に導きました。

【10位】ファビオ・カペッロ

主にACミランやユベントスなどのイタリアの強豪クラブを率い、リーグ優勝やチャンピオンズリーグ制覇などの実績を残しています。

■IFFHS名将ランキング10位外の名将

IFFHS名将ランキング10位内にはランクインしていませんが、サッカー界で話題になったり、大きな実績を残している監督を5名挙げていきましょう。

ヨハン・クライフ

選手としての伝説的な活躍はもちろん、監督としても華々しい経歴を持つのがヨハン・クライフです。
かつて選手としても所属したFCバルセロナの監督に就任すると、恩師であるリヌス・ミケルスの提唱する「トータル・フットボール」の概念を継承し発展させたポゼッション重視のスタイルを用い、リーガ・エスパニョーラ4連覇やチャンピオンズリーグ優勝などの実績を残しました。当時、圧倒的な強さにより「エル・ドリーム・チーム」とも称されました。
なお、彼がもたらしたポゼッション重視のスタイルは、今もFCバルセロナの戦術コンセプトとして継承されています。

ジョゼップ・グアルディオラ

「世界最高の監督」とも称されるジョゼ・モウリーニョ監督のライバルと言われる存在が、グアルディオラ監督です。
選手時代、FCバルセロナで上述のヨハン・クライフに重用され、「エル・ドリーム・チーム」を支えました。彼もまた、かつて選手として所属したFCバルセロナの監督に就任すると、クライフのポゼッション重視のサッカーを受け継いだ戦術を用い、リーグ優勝6回やチャンピオンズリーグ優勝2回など、第二の黄金時代とも言える実績を残しました。

アリゴ・サッキ

イタリアのACミランを率いてセリエA制覇やチャンピオンズリーグ優勝などを成し遂げました。
こういった実績はもちろんですが、彼が監督としてサッカー史に名を残している大きな理由としては「ゾーン・プレス」という概念を発明したことが挙げられます。これは当時、ディエゴ・マラドーナを擁するナポリへの対策として、マラドーナにボールが渡らないようボールホルダーに徹底したプレスをかけるという発想から生まれたと言われています。

カルロ・アンチェロッティ

イタリアの様々なクラブで実績を積み上げ、チェルシーFCやレアル・マドリード
などで指揮を執った監督です。
モウリーニョ監督やグアルディオラ監督と並び称される、現役世界最高峰の監督ではありますが、強烈なキャラクター・圧倒的なカリスマ性・特徴的な戦術を持つ前者2人とは違い、一般的な戦術を用いながら対戦相手の戦術に柔軟に対応し、選手達の持てる力を最大限に引き出す手法で多くの実績を残しています。

クラウディオ・ラニエリ

冒頭に登場した、レスター・シティFCをプレミアリーグ優勝に導いた監督です。
名門や強豪クラブの監督を歴任していますが、低迷しているクラブや、チーム戦術が崩壊してしまったクラブなどの監督を任されることが多く「修理屋」という異名で呼ばれています。また、好成績は多いものの優勝や国際タイトルが少なく「無冠の帝王」と呼ばれることもありました。
2015年、レスター・シティFCの監督に就任。身体の強さと走力によるカウンター頼りだった、悪く言えば大味なチームに、イタリア人監督らしい守備戦術を植え付け「前線からの全員守備によるボール奪取からの高速カウンター」というスタイルを確立。これが見事にはまり、2部リーグから昇格したばかりの小さなクラブにも関わらず、プレミアリーグ優勝という偉業を成し遂げました。

IFFHS名将ランキング-日本サッカー界編

IFFHSランキングで日本サッカー界に大きく関わる監督の名前を挙げていきましょう。

【40位】フィリップ・トルシエ

日本代表の監督として2002年の日韓ワールドカップを戦い、日本代表チーム初の決勝トーナメント進出に貢献しています。

【54位】ジーコ

彼が日本代表監督を率いていた時期の国際Aマッチ成績は33勝12分15敗というもので、現時点で歴代1位の記録を誇っています。

【199位】西野 朗

1991年にU-20日本代表監督、1994年にU-23日本代表監督に就任して本大会出場を成し遂げ、ブラジル戦の勝利で「マイアミの奇跡」を演出した監督です。
また、ガンバ大阪の監督就任4年目にはJ1リーグ優勝に導き、Jリーグ最優秀監督賞を受賞しています。

その他、日本サッカー界の名将

IFFHSランキングには載っていませんが、日本サッカー界に影響を残した監督達を紹介しましょう。

イビチャ・オシム

ジェフ千葉を率い、低迷していた同クラブを救った監督です。一時期、日本代表監督を務め、「考えて走るサッカー」という理念を日本のサッカー界にもたらしました。

ミハイロ・ペトロヴィッチ

サンフレッチェ広島、浦和レッズの監督を務めた監督です。師であるオシム監督の「考えて走るサッカー」を継承した流動性の高い攻撃的サッカーで好成績を残しています。

森保 一

ペトロヴィッチ監督の後任としてサンフレッチェ広島を率いると、就任してから4年間のうち3回のJリーグ制覇という成績を叩き出しました。
前任のペトロヴィッチ監督の流動性の高い戦術を継承しながら、リスク管理の徹底と高い位置からのカウンター&ワイドな攻撃を用いた確度の高いサッカーで勝利を積み挙げています。

岡田 武史

2003年、横浜F・マリノスの監督に就任すると1年目でJリーグ優勝を成し遂げるなど活躍。
2008年からは日本代表を率い、国外開催のワールドカップでは初となる16強進出という実績を残しました。

いかがでしたか?監督の手腕によってチームの方針や成績は大きく違ってきますから、その動向は選手達と同様に大きく注目されています。
現在の名監督はもちろん目が離せませんが、新たに革新的な戦術を考案したり、彗星のごとく頭角を現す、未来の名将達がどこかのクラブに眠っているかもしれませんから、最新のサッカーニュースは要チェックです。
もしかしたら、あなたの贔屓のクラブから将来の名将が生まれる、なんてこともあるかもしれませんね。

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